フリーライターの小林なつめです。
過去に「「美容男子」で得することは?誰かのためでなく、自分のために装いたい」の記事でも触れたように、私はあまりメイクをしない。自営業で、基本的に家で仕事をしているということもあるが、そもそもあまり興味がないというのもある。
日本では、成人女性がメイクをするのは当たり前、ビジネスシーンなどでは、しなければならない「マナー」だとされている。ビジネスシーンに限らず、「すっぴんは恥ずかしいもの」という風潮も根強い。
しかし海外(ヨーロッパやアメリカ)でのメイクの常識は、日本とは全く違うらしい。日本では、人前に出るときの女性のすっぴんは少数派だが、海外ではノーメイクや薄化粧の女性も、普通に出歩いている印象だ。
ドイツ出身の方が書いた「化粧はマナー!? ヨーロッパ人女性が化粧をしない理由」というコラムによると、ドイツには「すっぴん」にあたる言葉や概念がなく、人前でのすっぴんは「特別なこと」でも「恥ずかしいこと」でもないという。
なぜ日本では女性のメイクが、社会的マナーとなっているのだろう。
ヒントが見つけられたら、と少し調べてみたところ、江戸時代に著された女性向けの教養書『女重宝記』の一節に行き着いた。その一節を以下に引用する。
この本では白粉(おしろい)を塗ることを「女のさだまれる法」といい、女に生まれたからには一日も素顔でいてはならないと説いた。ただし白粉は薄くつけ、頬や唇などの紅も薄く指すのが基本。濃いのは品がないとされた。
この一節を目にして、私は「またか」と思った。女は化粧をしなければならない。でも厚化粧には品がない。「女はこうすべき」「でもこうしたらダメ」、ああしろこうしろと指図する、世間による女性らしさの押し付けだ。
過去の記事「ズボンとスカートの持つ意味合いって?女装する男性は「男性らしさ」の枠を超える」で、スカートは「女性らしさの記号」として機能していたと述べたが、メイクもこれと同じなのだ。
江戸時代に行われていた「女性らしさの押し付け」が、現代では「社会的マナー」に変化した。これは進化だろうか?むしろ退化では?などと考えてしまった。
性別を限定して、女性だけに適用される「社会的マナー」って何なんだろう。大多数の男性がノーメイクで仕事をしている以上、ビジネスシーンにおけるメイクの強制は、合理的とはいえない。
メイクを含め、みんながそうしているからといって、それが正しいとは限らない。今あるマナーが、どう変化していくかは、今の時代を生きる私たち次第だ。
メイクやスカートのように、ジェンダーに縛られた現代の常識に、必ずしも従う必要はない。
日本でも、世間の目に惑わされず、自分の考え方や価値観、その時々の気持ちや好みで、性別問わずメイクを楽しみ、一方ですっぴんという選択肢も普通にある時代が、早くなくればいいなと考えた。
【参考】
◆ 化粧はマナー!? ヨーロッパ人女性が化粧をしない理由 : 読売新聞
◆ 欧米の女性は、日本女性に比べれば、あまり化粧はしないか、もしくは薄化粧です… – Yahoo!知恵袋
◆ すっぴんは失礼?どうして化粧は女性のマナーなのか | Q by Livesense
◆ 「美容男子」で得することは?誰かのためでなく、自分のために装いたい – リアンブルーコーチング舎HP