フリーライターの小林なつめです。
ある日、息子が飼っている熱帯魚のアテレコをしていた。最初は男言葉で「エサをくれよ〜」と言っていたのに、魚がメスだと気付いて、「エサが欲しいのよ〜」と女言葉に言い換えた。
これは完全にアニメの影響だ。なぜなら今どき実際の女は、女言葉なんて喋らない人がほとんどだからだ。息子にとって最も身近な女性である私も、女言葉は全く使わない。
ここから分かることは、女言葉は今や「女性らしさ」を表すためのツールに他ならないという事実だ。
だから、海外映画やドラマの吹き替え、アニメなどで、誇張された女言葉を聞くと、違和感がある。映像作品だけでなく、小説や漫画でも同様だ。特に昔の作品は、その傾向が顕著だ。
『「女言葉」というステレオタイプ 言葉の性差は、変わりゆく』という記事によると、文学作品の翻訳をする場合、名前だけでは属性(性別)が分かりにくいため、役割語として意図的に女言葉を使うのだという。「必要悪」だと認識して使っている翻訳家もいるらしい。
しかし、あまりにも女言葉を多用すると、現実と乖離して、リアルさが損なわれてしまう。前述したように、実際には多くの女性は女言葉を使わないからだ。言葉は生き物だとよく言われるが、それでいくと、女言葉は廃れかけていると言える。
男性でも男性特有の荒々しい言葉遣いをしない人が増えており、日本語は、ジェンダー的にニュートラルな言語になりつつあるのではないだろうか。
廃れかけている女言葉に対して、今もイキイキと使われている属性語がある。
それが「おネエ言葉*」だ。おネエ言葉は、ゲイコミュニティの一部の当事者たちが使っている、「誇張された女言葉」だ。
( *差別語にあたるという見解もありますが、他に言い換えられる言葉がないため、一般的な用語として使用しています。)
なぜ彼らはおネエ言葉を使うのか。一番の理由は、男性があえて女言葉を使うことで「女性性」すなわち「女性らしさ」を強化するためだろう。しかしそれだけではなさそうだ。
『「おネエことば」論』の著者クレア・マリィ氏は、「おネエ言葉」を、性別や社会規範を切り抜ける手段だと位置付けている。
つまり、男性が本来使うべき男言葉ではなく、あえて女言葉を使うことで、男女の枠から自らはみだし、より自由な発言ができるようになるということだ。
そう考えると、ジェンダー的にニュートラルになりつつある日本語は、それぞれの性の「らしさ」という枠から飛び出し、より自由な言語になっていくのかもしれない。
日本語の歩んでいく未来が、今から楽しみだ。
【参考】
「女言葉」というステレオタイプ 言葉の性差は、変わりゆく | 朝日新聞 2030 SDGs
「~だわ」「~のよ」、翻訳の女言葉に感じる不自然さ:朝日新聞デジタル
下品から上品に変わった女言葉 「女は女らしいはずだ」の幻想は続く:朝日新聞デジタル
どうしてこんなに流行っているの?『「おネエことば」論』 – HONZ