
フリーライターの小林なつめです。
常々疑問に感じていることがあります。
それが「おじさんってなんであんなに偉そうなんだろう」ということ。
この記事を書いたのとほとんど同じタイミングで、著名なブロガー/ライターであるヨス氏も、似たような内容のポストをXに上げていました。
幼い頃からの疑問だった。なぜ、中年や高齢の男性は、これほどまでに高圧的で、わがままで、感情的で、暴力的な振る舞いをするのだろうか、と。
子どもを見下した口調で話しかけ、期待した反応がなければすぐに怒鳴り、時には暴力に訴えることさえある。
しかし、今ならその理由が理解できる。…
— ヨス Yosuke Yano (@yossense) October 17, 2025
これまでも、男性が女性に押し付けるケアや感情労働について、記事で取り上げてきましたが、おじさんが偉そうな理由にも「ケア」があるようなので、再度「男性とケア」の関係について、注目したいと思います。
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今回、多賀 太『ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方』という本を読みました。
この本の第2章は「ジェンダー平等の実現に向けて求められる男性の「ケア」労働」です。やはり、ジェンダーや男性性を考えるにあたり、ケア労働は重要なキーワードのようです。
94ページに「2.4 ケアする男は「男らしい?」」という、気になるタイトルを見つけました。
ここに書かれている内容は、私が「男性の「子育てする権利」を取り戻せ!」という記事で書いた内容と、少し似ています。
私はこの記事で、「新しい男性の役割に関する調査報告書」で発表された、「男性としてのアイデンティティや権威を保持しようとする男性ほど、家事頻度が高い」という結果を元に、「新しい男性像」の出現を、どちらかというと前向きに表現しました。
しかし『ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方』著者の多賀氏は、さらにもう1つの研究データを示し、以下のように述べています。
従来は圧倒的に女性に委ねられてきた家事・育児・介護といった家庭内無償労働に男性がより参加するようになること自体は望ましい
しかし、そうした男性のケア労働への参加が、実は女性に対する優越志向や競争意識に支えられているのだとすれば
男女間での対等で平等な関係性の構築に対して常にプラスに働くとは限りません
確かに、男性が女性の担ってきた家事・育児などの負担をシェアするのは良いことです。
しかし、それが単に「男らしさ」への固執からくる行動であれば…?男性が家事・育児を負担してくれても、必ずしも男女がフェアな関係を築けるわけではないのです。
多賀氏は、男性のケア参加をジェンダー平等につなげるには、ケア労働への参加だけでなく、男性が「ケアの態度」を培うことが大切だとしています。
ケアの態度というのは、「他者に配慮し、互いに助け合い、自分のことも大切にする」という、ケアの本質に基づいた視点や考え方のこと。
この態度でケアに参加すれば、男女間の平等な関係づくりはもちろん、「男性たちの人間性の幅を広げ、男性たちに心身の健康や生活の質の向上をもたらし、彼らの人生をより豊かにしてくれる」だろうと、多賀氏は考えているのです。
男性にはケアの能力があります。子どもにも、パートナーにも、親にも、あるいは全くの他人を相手にしても、他人のニーズを察して振る舞う能力自体は備わっているのです。
それなのに、その場の雰囲気やシチュエーション、相手との関係性によって、ケアをするための「アンテナの感度が下がってしまう」。
結婚前はかいがいしく彼女のケアをしていたのに、結婚した途端、家事や育児を妻に丸投げする男性や、公共の場で誰か倒れたときなどに、多くの女性が駆けつけるのに対し、ボーっと突っ立ったままの男性が多いというエピソードが、この事実を裏付けています。
この原因こそ「ケアする態度」の不足です。「釣った魚に餌をやらない」という男性の特性は、昔も今も変わっていません。
また、男性の「ケアする態度」の欠如の原因の1つに「ケアは女性がするもの」という固定観念の根強さがあります。
多賀氏は「ケアが女らしさと結び付けられ、しかも年功序列の慣習が強い日本では、男性は年齢が上がるとともに、他人を世話する必要に迫られる機会が減り、年長男性というだけで周りから気を使ってもらう機会が増えます。そうするうちに~「自分はケアされて当然」とついつい思い込んでしまっている…」とまとめています。
家事・育児にはしっかり取り組む私の夫も、「外面が異様にいい」ところがあります。
夫婦で誰か、よその人と会うとき、夫はいつも、私にはもう長年見せていないような、極上の笑顔と愛想の良さを相手に振りまくので、「さっきまでの仏頂面と不機嫌はどこにいったの?」と、いつも新鮮な驚きがあります。(悪い意味で)
これはつまり、家族やパートナーである身内に甘えがあり、無意識であっても見下してしまっているから、家族への配慮や気遣いに欠けているのです。
仕事かどうか、あるいは利害関係のあるなしに関係なく、身内を含め、女性や目下の人、あるいは男性同士であっても、「ケアの態度」を取れる。
そうなれば、おじさんも「偉そう」に振る舞うことはなくなるのではないでしょうか。
【参考書籍】
『ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方 ワーク・ライフ・バランスと持続可能な社会の発展のために』多賀 太/著 時事通信出版局 2022.3