フリーライターの小林なつめです。
スウェーデンでは1980年代にすでに予測されていた
「メンズクライシス」、直訳すると「男性危機」。現代社会における、男性の危機的状況を意味する言葉だ。
メンズクライシス、男性危機…どちらも、多くの人にとって、聞き慣れない言葉ではないだろうか。でも実は1980年代のスウェーデンでは、これらの男性問題がすでに予測されていた。
1986年には、スウェーデン西部の中心都市、ヨーテボリ市に「男性のための危機センター」が設置されているほどだ。
このセンターが設置された理由は「ジェンダー平等の広がりの中で、女性の経済的自立が広がると確実に離婚が増える。そうなると、離婚後の悩みを持つ男性が増えることが予想される。こうした男性の危機的状況に対応するため」だったという。
つまりこのセンターは、ジェンダー平等の結果としての、女性の経済的自立が及ぼす、男性への影響を考慮し、男性支援のために設けられたのだ。
『男性危機? 国際社会の男性政策に学ぶ』の著者である伊藤氏は、同時期に「男性問題への対応を」と、国内の方々に提案したというが、日本社会で受け入れられることはなかったという。
ジェンダー平等はなぜメンズクライシスを引き起こすのか
では、社会がジェンダー平等を目指すと、なぜメンズクライシスが起こるのだろう。先に挙げた、スウェーデンの「男性のための危機センター」は、「離婚後の悩みを持つ男性」のために設置されていた。離婚後、心身共に不調をきたす男性を支援するのが目的だ。
しかし、「メンズクライシス」は、離婚後の男性だけでなく、全ての男性に共通する問題だ。
ジェンダー平等、すなわち性差別をなくすためには、これまで社会的マジョリティだった、男性自身の意識改革が欠かせない。女性ではなく、男性こそ変わる必要があったのだ。
男尊女卑や性別役割分業における「大黒柱としての役割」といった、かつての「あるべき男性像や価値観」といった「男らしさ」に囚われてきた男性たちは、変化を求められても、そう簡単には変われない。
「なぜ変わらなければいけないのか」すら理解できない、「どう変わればいいのか」わからない…悩み、苦しみ、戸惑い…最悪の場合、「有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)」に端を発した、暴力事件などの加害行為につながるケースにつながる場合すらある。
ジェンダー平等の推進は男性主体の社会の存続を脅かす
つまりメンズクライシスは、「旧来の男性主体の社会が、ジェンダー平等の推進によって揺らぎ、男性性にもたらされた危機的状況」と言い換えられる。
ジェンダー平等は、本来、女性だけでなく男性をも救うものだ。しかし男女問わず、それまでの考え方や価値観を内面化させている場合、その呪縛を解くのは、容易ではない。
特にジェンダー平等は「女性問題」と見なされる傾向にあるため、男性は「自分ごと」として向き合う機会が少ない。さらには男性性が社会的マジョリティとして持ち得た特権を「直視できない・したくない」男性も少なくない。
だからこそメンズクライシスの問題は根深い。男性たちが現状を理解して受け入れれば、男性自身はもちろん、女性をも救うきっかけとなるはずだ。
【参考サイトURL】
◆「今はメンズ・クライシス」の時代 男性学の伊藤公雄・京産大教授:日経ビジネス電子版
◆ ジェンダー平等の”鍵!?メンズクライシスって知ってる!?日本も見習え!?北欧がジェンダー平等社会のためにやったこと|一般社団法人パートナーシップ協会
◆ 男女平等に「怯える男たち」をケア…男性危機センターの大切な役割(伊藤 公雄) | 現代ビジネス | 講談社
◆ 有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)|日本女性学習財団|キーワード・用語解説
◆ メンズクライシス ジェンダー平等で揺らぐ男性のあり方:日経xwoman
◆ 自衛隊の性加害生んだ「ホモソーシャル」の醜悪さ 報道を見て「自分には関係ない」と思う男性の盲点 | 東洋経済オンライン
◆ 男性だけでなく女性も苦しめる「有害な男らしさ」の問題って何? – フロントロウ | グローカルなメディア
【参考書籍】
『男性危機? 国際社会の男性政策に学ぶ』伊藤 公雄/著 晃洋書房 2022.11
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