フリーライターの小林なつめです。
少し前になるが(2023年2月16日)、福岡放送(FBS)アナウンサーの財津ひろみ氏が、子連れ出勤をしたというツイートをして、話題になった。
急遽こどもを園に預けられなくなり仕方なく職場にお邪魔させて頂きました…申し訳なさでいっぱいでしたが、ニュース本番中は部長やデスク、若林アナがあやしてくださり…本当に感謝しかありません🥲 pic.twitter.com/mmdLE1meZX
— 財津ひろみ(FBSアナウンサー) (@zay2hiro3) February 16, 2023
ツイートはアクシデントの結果としての子連れ出勤だったが、ニュース本番中には、職場の上司や同僚に子どもの相手をしてもらい、助かったという内容だ。
私にとって、子連れ出勤といえば、「アグネス論争」のイメージが強い。今からおよそ35年前の1987年、テレビの収録現場に、子どもを連れてきたアグネス・チャン氏は、各界の女性たちから猛烈な批判を浴び、「アグネス論争」を巻き起こした。この騒動は、翌年には流行語大賞の大衆賞に選ばれ、落ち着くまでに2年を要したという。
財津氏のツイートは、かの「アグネス論争」と同じ「子連れ出勤」がテーマにも関わらず、とても好意的に受け止められていた。できればこの理由を「世論が変わった」「人々の意識が変わった」と前向きに捉えたいところだ。
とはいえ個人的には、これは「35年の歳月が、子連れ出勤を受け入れる世論を作り上げたから」だとは全く思わない。反応が二分したのは、時代が変わったからではなく、単に発信者の姿勢や発言ゆえだと思う。
根拠の1つとして、林真理子氏がアグネス論争の発端となる記事「良い加減にしてよ、アグネス」を書いたきっかけとなった、アグネス・チャン氏の発言を取り上げる。
(「林真理子「文藝春秋と私」怒りに燃えたアグネス論争「職場は大人の世界」。私の怒りは間違いだったか」文藝春秋デジタル(2022年5月18日))
林真理子氏に反発心を持たせたという、アグネス・チャン氏の発言は、「赤ん坊を連れていくと、仕事場がなごやかな気分になるって皆に喜ばれます」というものだ。
対して財津氏のツイートはどうだろう。アクシデントゆえ「仕方なく」子連れ出勤をし、「申し訳なさでいっぱい」の胸中、子どもの相手をしてくれた方々には「本当に感謝しかありません」と、涙をこぼす絵文字で締めている。
…わかる。本当によくわかる。私にはとてもアグネス・チャン氏のような発言はできない。それに、私も財津氏と同じだ。子どもを連れて外に出ると、いつも周囲に頭を下げている。周りの視線を気にするがゆえに、ポーズとして子どもを叱ることもある。
そうしなければ、何か嫌なことを言われるかもしれない。危ない目に遭うかもしれない。だから、本心では「子連れでも、もう少し堂々と振る舞ってもいいのでは?」「こんなに叱る必要はないのに…」と思っていても、取り繕うような行動を取っているのだ。
アグネス・チャン氏の発言は、あまりにも無垢だ。だからこそ反発される。もちろん私も「そりゃそんなことを言えば、叩かれるに決まってる」と思う。思うけれども、どこかで「うらやましい」という気持ちもある。
子育て中の親は、肩身の狭い思いをしなければならない。たとえ肩身の狭い思いをしていなくても「そのように見せなければ」許されない。そんな環境で子育てをしていることを、虚しくすら感じる。そうせずにいられたら、どんなに楽だろうかと思うのだ。
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アグネス論争から現在に至る35年の月日は、人々の「子連れ出勤」への理解や共感を深めたとは言いづらい。さらなる少子化の進む中、マイノリティとなりつつある子育て世代への眼差しは厳しさを増しており、子連れ出勤がうまく定着するとも思えない。
でも、コロナ禍に幼児の子育てをしながら働いていた当事者として、仕事内容や職場環境によっては、子連れ出勤は有効なのかもしれないとは思う。
特に先に挙げた財津氏のように、日常的にではなく、「園に預けられなくなった」とか、「病後の様子を見守りたい」といった理由による、一時的な対応であれば、職場側も受け入れ態勢を整えやすいのではないだろうか。
ただし、それでも最も高いハードルとなるのは、「一緒に働く仲間の理解を得ること」だ。普段から確固とした信頼関係があり、プライベートでもある程度の付き合いがない限り、お互いに気を遣いすぎて、仕事どころではなくなるように思う。
そう考えると、子連れ出勤よりも、フレックスタイムやリモートワークの活用の方が現実的だ。フレックスタイムやリモートワークなら、周囲の理解を得ながら、子育てと仕事の両立がしやすくなる。さらに、子持ち家庭のみを特別扱いする必要もない。全ての人の働き方に柔軟性を持たせることは、結果として少子化対策にもつながるだろう。
【参考URL】
◆ 財津ひろみ(FBSアナウンサー)さん / Twitter
◆ ふらいと(今西洋介)@新生児科医さん/Twitter
話題の子連れ出勤は、育児世代が多い職場だとありふれた光景ですね。コロナ前はNICUの医師控え室には結構な割合で誰かの子どもがお絵描きや折り紙してます。自分も手が空いたら彼らと遊んでますし、子どもを連れていくし。組織で子育てするという意識の問題 https://t.co/XmYxUVG5ik
— ふらいと(今西洋介)@新生児科医 (@doctor_nw) February 19, 2023
◆ 育児中の女性アナ、“子連れ出勤”写真が話題に。会社の対応に「これが普通になってほしい」の声広がる | ハフポスト NEWS
◆ 子連れ出勤を8年続けている会社の経験をまとめました | SOW EXPERIENCE Inc.
◆ 「子連れ出勤」はピンチを救う?メリットと課題を解説 – しごと計画コラム(しごと計画学校)
◆ 「いい加減にしてよアグネス」から30年 “子連れ出勤”論争に根付く3歳児神話の呪縛:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」|ITmedia ビジネスオンライン
◆ 林真理子「文藝春秋と私」怒りに燃えたアグネス論争 「職場は大人の世界」。私の怒りは間違いだったか|文藝春秋digital