尊敬するという気持ちは、持てなくなりやすいものだ(論語・為政2-7)

尊敬するという気持ちは、持てなくなりやすいものだ(論語・為政2-7)

尊敬するという気持ちは、持てなくなりやすいものだ(論語・為政2-7)||リアンブルーコーチング舎

こんにちは、多賀です。

日本全国、暑いですね!外で働いているみなさま、どうか無理せずに。

さて、月曜日の「論語とコーチング」です。


子遊(しゆう)、孝を問う。
子曰(のたま)わく、今の孝は之よく養うを謂う。
犬馬に至るまで皆能く養うあり。
敬せずんば何を以て別たんや。(Isei2-7)

===

子遊が孝について尋ねた。
先師が仰った。
「今では、親を面倒を見て養うことを孝というが、人は犬や馬だってよく養っているではないか。
敬う気持ちがなければ、何によって犬や馬と区別しようか」

===

敬う、尊敬するという概念が失われていることを嘆いている。
ただ物を与え、環境を整えるだけでは、「孝」とは言えないと。

改めて「敬う」とは何であろうか。
webで検索してみると、「人格や行いの素晴らしさに感じ入り、頭を下げるような、仰ぎ見るような、見習いたく思うような気持ちになること」

人格や素晴らしさを感じることから、起こる気持ちなのだとわかる。

ということは、相手の人格や素晴らしい部分に意識的に目を向ける必要があるのである。

 

<論語とコーチング>
尊敬するという気持ちは、持てなくなりやすいものだ。
部下や年下と言えども、相手の人格や素晴らしい部分に、意識的に目を向けることが出来れば、
尊敬する気持ちは芽生えてくるだろう。
そうして、自分はもっと成長できるのだ。

 

~もうひとりの全く逆の意見を持つ君とともに~

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