あの上司と一緒に過ごしたのも、 自分にとって意味のあることであったと 大事にすること?!(学而1-11)

あの上司と一緒に過ごしたのも、 自分にとって意味のあることであったと 大事にすること?!(学而1-11)

あの上司と一緒に過ごしたのも、 自分にとって意味のあることであったと 大事にすること?!(学而1-11)

 

子曰(のたま)わく、
父在せば其の志を観、父没すれば其の行いを観る。
三年父の道を改むるなく無くんば、孝と謂う可(べ)し。(Gakuji1-11)

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孔子先生がおっしゃった。
父が生きている時には、志や信念をよく観察し、
父が亡くなくってからは、これまでの軌跡や姿勢を思い出して観る。
そうして三年の間、父のやってきたことを真似して続けることができれば、
親孝行だと言えるだろう。

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三年というのは、古代中国では喪に服すのは25カ月~27カ月だったことから。

孝という字は、名前としてもよく用いられているが(最近はあまりないかな)
儒教や論語において、大事な考え方。

ただ目上の人を敬いなさいということだけでなく、
争いが絶えなかった時代、長が亡くなると急に自分のやり方に変え、
内部混乱が起こるということが絶えなかったから、急にやり方を変えるのではなく、
長が何を考え、何を観ていたかに思いを馳せ、同じように行動・熟考してからにしなさい
という意味でもあったのではないか。

逆に言えば、上に立つものは、下から自分が思っている以上によく観られているのだから、
自分が去った後、そのやり方が続くことをよしとするのか、
今、改める必要があるのか、問われているような気もする。

さて、これは父→息子への言葉のように感じるが、論語に母という言葉は出てこない。
残念ながら、論語には女性に対するいいメッセージはないが、世界的にそういう時代であった。
仕方がないが、現代においては、性別うんぬんよりも、人間全般の生き方として、
捉えた方がしっくりくる。

孝を実践した人物として、日本では中江藤樹がいる。
中江藤樹|日本陽明学の祖,良知,孝は広大で無限の徳 | Hitopediaによると、

もともとは親に対する子のふるまい方であるが、中江藤樹は、その孝を究極の原理に高め、親に対する子のふるまい方としての孝を、すべての身分の別に関係のない、共通に万人の心に内在しているものとした。

中江藤樹も孝をそのように捉え、実践した。
内村鑑三の書いた「代表的日本人」に藤樹が母親に孝を尽くすため、
四国伊予国の大洲藩を脱藩して故郷に帰ったという。


さて、現代ビジネスの現場では、どう読めるだろう。

上司がいるときは、その行動や言動、信念をよく観察し、
異動などで去った後は、上司のやり方を踏襲しつつ、時代変化に合わせ、
メリット・デメリットを俯瞰して行動する。
そうやって、あの上司と一緒に過ごしたのも、 自分にとって意味のあることであったと
大事にしていこう。いずれ自分も上司になるのだから。

 

~もうひとりの全く逆の意見を持つ君とともに~

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