
フリーライターの小林なつめです。
2年前、我が家の夫の「フキハラ」(不機嫌ハラスメント)について、「家庭内でのフキゲンの取り扱いについて」という記事を書きました。
うちの夫は、外では異様なまでに愛想が良く、笑顔で振る舞うのですが、家では基本的に無口で不愛想。あの記事を書いたときから、今もなお変わっていません。
前述の記事では、そもそも「自分の家で不機嫌でいることは悪いことではない」。
でも、それが家庭内のハラスメントになっているのなら、不機嫌の原因を伝えるなど、コミュニケーションに工夫が必要だよね、とまとめました。
フキハラではなく感情労働の有無!?
しかし先日、感情労働についての記事を書いていたときに、新たな気付きを得ました。
それは、うちの夫は不機嫌なのではなく、ただ単に「家庭内で感情労働をしていないだけ」かもしれないということです。
一人でいるときと同じように、ごくフラットな状態で、家族に対しては愛想や気遣い、笑顔といった感情労働をしていないだけ。
ただ、彼は外ではものすごく愛想が良く、気遣いもする人なので、そのあまりのギャップに、私が勝手に家庭内の彼を「家ではいつも不機嫌」だと勘違いしていたのかもしれません。
本人も前々から言っていた通り、それが彼の「通常営業」だったのかも。
「感情労働が必要ない女」を求める男性たち
実際、最近の日本人男性は「感情労働が必要ない女」を好む傾向にあるといいます。
「「感情労働が必要ない女」とは」というnote記事では、男性は「サザエさん」の磯野波平とフネ夫婦のように、「ツー」「カー」なコミュニケーションを理想とし、より少ないコミュニケーションでリターンを得ることを「究極のコストカット」と考えるそうです。
でも…夫婦双方が「感情労働」をせず、良好な関係を維持することってできるのでしょうか。私がそう思ったのは、先日夫に「なつめ(私)って俺に興味ないよね」と言われたからです。
自分は感情労働なしでも、妻には求める我が夫
私にとってこの言葉は衝撃でした。夫こそ私に全く興味がないと思っていたからです。
私が話しかけてもノールックで話半分。基本的に興味のなさそうな態度とあいづち…もう何年もこうなので、私が夫に話しかける回数は、年々減ってきています。
夫本人についての話や質問をするときも同じです。「具合が悪いの?」「昨日、何時に寝たの」などと訊いても、「ちょっとね」や「1時」など、最小限の返事しかしません。
また、夫には少し秘密主義なところがあるので、あまりしつこく聞かれたり、詮索されるのも嫌なんだろうと、遠慮して、なるべく聞かないようにしてきたくらいです。
それなのに「俺に興味ない」???はあ???
この言葉は裏を返せば「もっと興味持ってくれてもいいんじゃない?」です。
つまり自分から多くの言葉を差し出すことはしないけれど、そっちからは差し出してくれ、引き出してくれ、もっと話しかけてくれということです。
なんて図々しい発想。夫は、自分は家庭では感情労働ゼロでいきたいのに、私には感情労働を求めているのです。もちろん無意識でしょうが…さすがに呆れました。
現状、我が家の平和を保つには、結局、女である私の感情労働が必須なのかもしれません。「母親は家庭の太陽」とは都合のいい言葉だなあと、ぼやきたいような気分です。