
フリーライターの小林なつめです。
先日行った「【男性育休】当事者インタビュー 」で、当事者であるHさんが話してくれた、育休に入る前のエピソードがとても印象的だったので、紹介します。
育休に入る前、Hさんは年度末の3月まで、高校教員として働いていました。
産後1ヵ月は実家で暮らしていた妻のMさんは、その後自宅に戻り、Hさんが育休に入るまでの約2か月間の平日日中は、基本的にワンオペ家事育児をしていたそうです。
3月下旬のある日、あと少しで育休に入る予定だったHさんは、夕食に食べたいものがあって「今日の夕飯、何食べる?」と、何気なく妻に尋ねました。
当時はもちろん、夫婦の夕食も妻が作っていました。つまり夫の発した「何食べる?」という言葉は、裏返せば妻への「何作ってくれる?」という質問になります。
妻Mさんはこの発言に対して、特に違和感を抱かなかったそうです。
(…もし私がMさんだったら「はあ?「何食べる?」とは?私が作るんだろうが!たまには自分で作れ!」と、怒り心頭だったかもしれません…)
でも、Hさん自身は、妻にこの言葉をかけたとき、自分の発言の「やばさ」に気づき、ハッとしました。「自分は何を言ってるんだろう?」と、我に返ったそうです。
妻は1人で家族3人の家事と育児を担っているのに、その負担も考えずに、夕食に自分の食べたいものをリクエストしようとしている…自分で作ればいい話なのに。
この気づきも1つのきっかけとなり、Hさんは育休中、夫婦の夕食づくりを担当しています。今のところ、毎日欠かさず料理をしているそうです。
育児に家事にと2人体制でも目まぐるしい生活の中、Hさんは「自分が育休に入る前、ワンオペだった妻はいつ、どうやって夕食を作ってくれていたんだろう?」と思うといいます。
この「気づき」はHさんにとって、とても大きなものだったのではないでしょうか。
一緒に暮らしている家族がしていることや、家族にかけている負担、家族が抱えている感情に気づくことは、近しい間柄だからこそ難しいと、私自身もよく考えます。
最近Xでは、家事や主婦について、こんなポストが物議を醸していました。
前々から思ってましたが「家事」なんて
一人暮らしの大学生男子だってやってますよあんなチョロいもんをタスクにカウントしないで下さい。 https://t.co/gmQGAQdfWt
— 仏 (@ostrich_watch) August 9, 2025
一人暮らしの学生の「家事」と、子どものいる家庭の担うべき家事の量と質は、比較対象になりません。
それなのに、実家で親のしてくれていたことに感謝するどころか、「チョロい」と見下し、バカにする。
この行為は、お腹に重りを付ける「妊婦体験」で、「意外と軽い」「ヨユー」と言い、飛び跳ねたり、筋肉自慢をしたりする夫と通じるものがあります。
これらの負担の違いに「気づく」には、観察力や理解力、洞察力、想像力、共感力といった、さまざまなスキルが必要なのでしょう。
特に、夫が妻の負担に気づかず、家事や育児に協力しないケースは散見されます。なにしろ、育休中の男性であっても、家事・育児の3割程度しか行っていないのが実情なのです。

出典:積水ハウス「男性育休白書 2024」
これでは「とるだけ育休」と揶揄されるのに、無理もありません。
どちらかが家事育児のワンオペなどで心身ともに負担を強いられ、苦痛を感じているのに、それに気づかないまま…そんな夫婦関係を続ける意味はあるのでしょうか。
負担を掛けられている側は早晩、「夫婦でいる必要がない」ことに気づくでしょう。
まずは、「自分は気づけない側」なのだという、正しい自覚が必要です。そのうえで、相手に負担をかけすぎないよう、公平に家事育児を分担する工夫と努力をすべきです。
【参考】
■ 積水ハウス「男性育休白書 2024」
■ 【男性育休】当事者インタビュー①:~夫、育休取得編~