
フリーライターの小林なつめです。
以前、ルッキズムについて「美人、イケメン…褒め言葉でもルッキズム!?」という記事を書きました。
この記事では、褒め言葉もルッキズム(外見の特徴や良し悪しで、偏見や差別を持つこと、外見至上主義の価値観)のメッセージとなると伝えました。
今回は、ルッキズムという価値観が生まれた歴史や、社会構造について、考えていきたいと思います。
ルッキズムは1970年代のアメリカで行われた肥満差別への抗議運動「ファット・アクセプタンス運動」をきっかけに生まれた概念です。
日本で初めてこの言葉が使われたのは2000年頃。一般に広がり始めたのは2010年頃と、比較的新しい言葉だといえます。
日本人は古くから、画一的というか、個性よりも周りとの同調を求められることが多く、多くの人がそうしていることに安心しているような風潮があります。
その風潮ゆえか、顔の造作やスタイル、美容やファッションについても、求めるべき「基準」が設けられており、そのラインを超えるかどうかが最も重視されるようです。
2024年10月、ユニリーバのブランド、「Dove(ダヴ)」が国際ガールズ・デーに合わせて渋谷駅に貼り出した広告が、物議を醸しました。
ルッキズムに警鐘を鳴らす目的で作られた広告には、「Eライン」や「スぺ110」、「顔の大きさ17㎝」「人中短い」など、主に美容業界における「美の基準」のワードが用いられており、かえってルッキズムを助長する内容となってしまっていたのです。
実際、SNSなどでは美容意識の高い若者たちが、上記のような美の基準を意識して、過剰なまでにメイクや美容に入れ込んだり、高額な整形に憧れたりする傾向にあります。
でも、こういった傾向は全て、社会構造による、行き過ぎた「ルッキズム」の呪いの影響を受けているのです。
特に女性は、幼い頃から見た目の良し悪しで評価されることがよくあります。
『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』という本では、清水晶子氏が「ルッキズムの中での見た目の良し悪しの基準自体が、他のさまざまな要素と関わっています」と語っています。
「たとえば、東洋人の体形よりも西洋の人の体形のほうが頭が小さくて手足が長いので好まれるとか、肌が黒いよりも白いほうがいいとか、二重まぶたがよいとされるなど、人種の問題も入ってきます。
同時に階級の問題でもあります。センスがない、だらしないと言われる服装は、しばしば経済状態や社会階級が背景にあります。
~障がいも同様です。「これが普通の顔だ」というイメージがあり、そこから外れる配置や形状、色合いや動きなどは、変だとか美しくないと考えられることがあります。」
ルッキズムは、人種差別(レイシズム)、年齢差別(エイジズム)、性差別(セクシズム)のみならず、階級差別、障害差別といった、あらゆる差別が生み出した価値観なのです。
美の基準…スタイルや肌の色、顔立ち、ファッションにメイク、そして「◯◯らしい」振る舞い…多くの人の中に、ルッキズムの呪いが巣食っています。
でも。前述した「Dove(ダヴ)」の広告には、違和感や嫌悪感を覚えた消費者による抗議の声が多く集まり、炎上という事態にまで発展しました。
大きな反発を受けながらも、社会の美の認識は変化つつあるようです。今はまさにその過渡期で、私たちの意識が少しずつ、でも大きく変わる転換期にあるのではないでしょうか。
【参考】
■ こここ「人を見た目で判断することって全部「差別」になるの? 社会学者 西倉実季さんと、“ルッキズム”について考える」
■ PATCH THE WORLD「ルッキズムとは?「すべての人は美しい」では解決しない外見至上主義という差別」
■ 三田評論ONLINE「小手川正二郎:見た目差別の何が問題か?」
■ AERA DIGITAL(アエラデジタル)「「ルッキズム」で炎上したダヴ広告で露見した“容姿基準”の複雑さ 識者は「若者心理がわかっていない」 」
■ 『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』犬山 紙子/[著] ディスカヴァー・トゥエンティワン 2024.10