「規律」と「恥」どっちでチームをまとめるか?(為政2-3)

「規律」と「恥」どっちでチームをまとめるか?(為政2-3)

「規律」と「恥」どっちでチームをまとめるか?(為政2-3)

こんにちは。多賀です。

7月最初の月曜日! 本日は論語とコーチングです。


子曰(のたま)わく、之を道(みちび)くに政(まつりごと)を以てし、之を齊(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥ずること無し。
之を道くに徳を以てし、之を齊うるに禮(れい)を以てすれば、恥ずる有りて且(か)つ格(ただ)す。(Isei2-3)

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先師が言われた。
国を治めるのに、政令や法律により、統制するのに刑罰を厳しくすれば、民はどうやって免れようかとばかり考え、恥じることがなくなる。国を治めるのに徳により、統制するのに儀式や日常生活などの礼によれば、恥じて心が生まれ、その上で自ら正すようになる。

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日本において恥というメンタリティを持ち合わせている背景が理解できる。長い歴史を「徳」「礼」「恥」がセットになって、治めて来ていたのだ。
私が小さい頃も戦前よりも薄まっていたとはいえ「歩きながら食べるな」「地べたに座るな」を恥ずかしいことに分類されて、教えられてきた。

ルールや規則は、最低限のものとして必要だが、それだけが正しいとして刑罰を与えることでまとめようとすると、重箱の隅をつつくように、ルール・規則にあてはまらないところを見つけ出し、逆に得意げになるかもしれない。

私はサッカー観戦が好きだが、日本に比べ欧州サッカーは「ファウルをもらいに行く」ということが普通にできる。「恥ずかしい」という風には全く見えず、逆に「ラッキー」「チャンスを取りに行った」としか思っていないかもしれない。長いこと、日本人選手はここに悩まされていたようだ。

サッカーもそうだが、グローバル化・多様化が進むにつれ、「恥」だけではまとめられない状態を、どう扱っていくかは、これから私たちはずっと考え続けなくてはならないだろう。

 

<論語とコーチング>

会社やチームをまとめるのに、規則・規律を破ったら罰を与えるというやり方は、自分を守るために相手のミスを見つけ出そうとギクシャクしたり、ミスをしても隠したり、余計なことに手を出さないなど、自律するメンバーとしてまとめることは出来ない。

今は世間に対する「恥」よりも、「会社の理念」「チームのビジョン」「ありたい自分」とのギャップを感じてもらう事が出来れば、一人一人が自ら正すことでチームはまとまるだろう。

 

~もうひとりの全く逆の意見を持つ君とともに~

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