フリーライターの小林なつめです。
2024年3月に公開された東京ガスのCM「育休パパ」篇。
育休を取得した父親の、理想と現実を描いた内容が興味深かったので、紹介します。
このCMは、前半が育休の理想、後半が育休の現実という構成からなります。
育休取得に対する周囲の反応の「理想と現実」
まず私が注目したのは、理想、現実の両方で冒頭に出てくる「主人公が育休取得を周囲に告げるシーン」です。
「理想」では、上司は「応援してるよ」、同僚は「こっちは任せて」「頑張って」と、前向きな言葉と笑顔で、気持ちよく送り出してくれています。
一方の「現実」では、上司は「育休か」、同僚は「3ヵ月…」と無表情や愛想笑いでつぶやくだけ。育休取得を告げた当事者からすると、「ああ、歓迎されてないんだなぁ」「非常識だと思われているんだろうか」と、疑ってしまいそうな反応です。
育休を取る側からすれば、「理想」側の反応が理想的です。しかし、実際に男性側が育休を取るとなると「現実」側がリアルなのではないでしょうか。
なにしろ日本の男性の育休取得率は令和4年の調査時点で約17％。取得率が増えているといっても、まだまだごく少数派に過ぎません。
（参考：厚生労働省「令和４年度雇用均等基本調査の結果概要」）
もちろん、会社の中には、育休を取るのが当たり前になってきている大企業もあるようですが、いまだに男性社員が一度も育休を取得したことがなく、「取得させるつもりもない」と考えている、旧態依然とした中小企業も少なくありません。
となるとやはり、男性育休への一般的な反応は「現実」の方に、より近いでしょう。
「理想」の育休は「幻想」でしかない
このCMでは、他にもあらゆるシーンで、育休中の理想と現実が描かれます。
前半の理想シーンでは、「育休」は「喜び」、「家族の笑顔」、「学びのとき」などと、ポジティブな言葉の並ぶナレーションが入りますが、後半の現実シーンでは「不安」、「人間関係」「食器洗い、洗濯、片付け」など、まさに「現実的」な言葉が連なります。
私はこのCMを見て、育休当事者ではない人の「幻想」を打ち砕くような内容だなと思いました。
育休に関して嫌味を言ったり嫌がらせをしたりする「マタハラ」「パタハラ」行為をするようなタイプの人は、育休に対して、このCM前半の、理想シーンのようなイメージを持っているのかもしれません。
育休を取得者の気づきを疑似体験
実際、育休というものは取得してみなければ、分からないことがたくさんあります。
例えばこちらの「育休取得体験談」では、育休を取得した父親が、育休を通じて「人生観がガラリと変わりました。いろいろな当たり前を疑うようになりました。」と答えています。
1人目の子どものときは育休を取らず、「子どもが生まれたらママが育休を取るのは当たり前」と思っていたにもかかわらず、2人目で育休を経験してからは「育児ってこんなに大変なのに、どうしてママが当たり前なんて言えるのか」と思うようになったそうです。
さらには「どうして日本の社会は男性優位なんだろうという疑問」をも抱くようになったといいます。
この体験談を読んで、私はこの気づきこそ、CMの狙いだったのではないかと考えました。
育休の理想と現実の両方を描くことで、見る側に育休の疑似体験をさせることで育休への誤ったイメージを打ち砕き、価値観をアップデートさせたかったのではないでしょうか。
育児は単に「子どものいる生活」でしかない
私自身は、育児は「生活」そのもので、それ以上でもそれ以下でもないと思います。
子どものいる生活の中に、「かけがえのない一瞬」は確かにあって、そこがピックアップされることが多いので、「育児は素晴らしい」というイメージが先行しがちです。
しかし、それはあくまでも、長い育児生活のほんの一部、一瞬に過ぎないことを、育児経験者は知っています。
「かけがえのない一瞬」だけを取り上げると、育児は美化され過ぎてしまうでしょう。
「子どものいる生活」は夢や理想だけで語れるものとは程遠く、「現実」「生活」そのものです。例えば「睡眠不足」「おねしょ布団の洗濯」「イヤイヤとの攻防戦」、「片付けに次ぐ片付け」…それが私にとってのリアルな育児（小さな子どものいる生活）です。
今回紹介したCMは、育児当事者だけでなく、それ以外の誰かの心にも一石を投じようとした、チャレンジングな一作だったのではないかと思います。
【参考】
■ 東京ガスCM「育休パパ」篇（90秒）
■【育休体験談vol.04】「当たり前を疑うようになり、仕事への向き合い方も変わった」
