
フリーライターの小林なつめです。
私は学校図書館で働いているのですが、去年あたりから、中・高学年の子どもたちの話し方に、違和感を持つようになりました。
どんな喋り方かというと、語尾に「…?」をつける喋り方です。「?」というと、疑問形を連想しますが、そうではなく、何かを尋ねたいとき以外にも使うのです。
いうなれば、疑問形の乱用というような感じで、本来「?」をつける必要のない、話の途中の単語などにも「~?」をつけ、語尾のイントネーションを少し上げて話します。
例を出すと、「『ぐりとぐら』の絵本は、ここに置いていいですか?」と言うには、本当なら文末だけに「?」をつければいいはずですよね。
それを「『ぐりとぐら』?の絵本?は?ここ?に置いて?いいですか?」と、「?」を所々に何度も挟みながら話すようなイメージです。
本当に聞きたいこと…質問の主旨は「本をここに置いていいかどうか」なのに、この喋り方でいくと「絵本はこれで合っているか」「置く場所はここで合っているか」「動作(置く)は正しいか」と、さまざまな質問を織り交ぜたような雰囲気になります。
これまで、私の周りには、そんな喋り方をする人はいなかったように記憶しています。
先日、YouTubeで動画を見ていたところ、私と同世代の「辻ちゃん(辻希美さん)」も同じ喋り方をしていることに気が付きました。
小学生に人気のある恋愛リアリティーショー「今日、好きになりました」に出演する高校生の多くも、この喋り方をしており、YouTubeや動画の影響による流行かもしれません。
そこで調べてみたところ、この喋り方は「半クエスチョン(半疑問)」といい、2000年以前(1970年代?)には、女性を中心に急速に広まっていたそうで、ここ数年の流行というわけではないと分かりました。
(参考:NHK放送文化研究所「「半クエスチョン」 | ことば(放送用語)」)
とはいえ、個人的には、必要なときだけでなく、全ての語尾を「半クエスチョン(半疑問)」で話すのはやりすぎではないかと感じます。
この喋り方をしたくなる心理は、どこにあるのでしょうか。
会話の途中に「?」をつけるのは、「相手に問いかける」行為です。自分の発言に自信がないから、会話の相手に確認してほしい、共感してほしいという意図があるのでしょう。
また、あえて「?」をつけて断定しないことで、「間違っていたら言ってください」「たとえ間違っていても許してください」と保険をかけたい下心も感じます。
となると、若者の言う「自称BBA」や「自称老害」に通じるところもありそうです。
(過去記事参照:「エイジズム(年齢差別)の若年化が進んでいる?「自称BBA」が増えた理由」)
自分の発言への「保険」や、相手への「牽制」といったコワザを、小学生が会話に織り交ぜる現実…同調圧力の強い現代社会ならではだなぁという気づきでした。
【参考】
■NHK放送文化研究所「「半クエスチョン」 | ことば(放送用語)」
■全脳自由帳「断定したくない症候群(1) 半疑問形」
■青戸 一之「半疑問形への疑問」
■リアンブルーコーチング舎HP「エイジズム(年齢差別)の若年化が進んでいる?「自称BBA」が増えた理由」
■『ノンママという生き方』香山 リカ著 幻冬舎 2016.7