美人、イケメン…褒め言葉でもルッキズム!?「褒め」にも傷つく人がいる

美人、イケメン…褒め言葉でもルッキズム!?「褒め」にも傷つく人がいる

美人、イケメン…褒め言葉でもルッキズム!?「褒め」にも傷つく人がいる

フリーライターの小林なつめです。

誰もが一度は「美人すぎる◯◯」というキャッチコピーを耳にしたことがあるのではないだろうか。同じように「イケメン◯◯」や「◯◯王子」なども、外見を評するコピーとして、同じカテゴリーに入る表現だ。◯◯の中には、共通してその人物の職業や肩書きなどが入る。これまでのところ、政治家や研究者、アスリートなど、世間的に注目を集めやすい職業の人たちを表すために使われているようだ。

このように日本では、「美人」や「イケメン」など、相手の容姿を褒める言葉であれば、使って良い…むしろ推奨されるような傾向がある。しかしたとえそれが発信者にとっての褒め言葉でも、言われて傷つく人たちがいることは、知っておいた方がいいだろう。

事実、「美人すぎる◯◯」や「◯◯王子」と呼ばれた人たちの中には、このキャッチコピーを敬遠したり、忌み嫌ったりする人も多いという。考えてもみれば、彼らが本来注目してほしいのは、外見ではなく職業や能力、その功績だろう。それなのに外見にばかり注目されるのは、彼らの本意ではないはずだ。「褒めているのだから何でもヨシ!」とは言えない。

このように外見の特徴や良し悪しで、偏見や差別を持つことや、外見ばかりを重視する価値観、いわゆる外見至上主義のことを、ルッキズムと呼ぶ。

現代日本では二重で大きい目や、高く形のいい鼻、痩せていながらもメリハリのあるスタイルといったルックスが賛美される。でもこれはあくまでも、「今、ここ」における美の基準に過ぎない。時代や国が違えば、美の基準は簡単にひっくり返る。

ところで、なぜ日本人は他人の外見に軽く言及しがちなのだろうか。その理由として、日本にはアジア系の顔立ちの人が多く、標準化しやすいことが挙げられる。ゆえに「日本人らしい顔立ち」から外れた風貌の人は「外国人みたい」とか「ハーフ顔」などと言われがちだ。これも一見褒めている?ようだが、言われている側からすると、差別的発言に他ならない。

この価値観は日本社会だけに通用するもので、さまざまな人種や民族の人々が暮らす国の人たちには、到底受け入れ難いものだろう。実際、海外では人の外見についてコメントするのはタブーというのが常識という国が多い。貶すのは言うまでもなく、褒めるのもNGだ。

しかしこれまで長い間、「他人の外見を褒めるのはいいこと」と考え、良かれと思って人の見た目を気軽に褒めてきた人たちは、ルッキズムの概念を知ったところで「純粋な賛美の気持ちからなのに、なぜダメなの?」と理解できないかもしれない。

でも一度考えてみてほしい。外見は生まれ持ったもので、一人ひとり異なる。そして誰しもが、世間的に共通した「理想の美しさ」を追い求める必要はない。それにも関わらず、外見の良し悪しを他人が評価する…思うだけならまだしも、口に出して伝えるのは、おかしな話ではないだろうか。

それでも、「外見への言及について、何が良くて何が悪いのかわからない」という人のために、ルッキズムについての注意点を3つ紹介する。


・相手の性別や年齢、相手との関係性は問わず、生まれ持ったもの(顔の造作、肌の色、スタイル、髪の毛の質や量、体毛の濃さなど)については、基本的にコメントを控える。※家族など、近しい相手でも同様。

・もし相手を褒めたいなら、髪型や服装、持ち物のセンスを褒めるか、アイメッセージで褒めるようにするといい。(例「目が大きいね」ではなく、「あなたの目が好き」と伝える)

・褒める相手は、ある程度親密な付き合いの相手に限る。職場などのビジネスの場では、外見への言及は不要。ビジネスシーンで評価すべきなのは仕事に関することだけ。


これらの注意点を守れば、外見へのコメントで不用意に人を傷つけてしまうことはまずないだろう。人間関係を築く中で大切なのは、関係性や結び付きだ。誰かの外見への言及や評価は、その人との関係性を壊す危険性を秘めている。それどころか、相手の人生や考え方を歪めるリスクさえあることを知っておいた方がいい。

【参考URL】
美人はダメでイケメンはスルー……軽視されがち?男性容姿への言及の違和感を考える(治部れんげ) – 個人 – Yahoo!ニュース
見た目に言及しがちな日本人 ほめるなら「かわいい」のひと言だけでいいんじゃない?
海外で外見について触れることは失礼になることが多い | 英語びより
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