「許す」ことの得意な子どもたちに学ぶ

フリーライターの小林なつめです。

世の中にはさまざまな仕事があり、たった一度のミスさえ許されない職業もあります。

例えば人の命を預かる仕事…医療従事者や警察・消防、運転士、保育士など。

私が働いている教育現場、小学校はどうだろう? と、考えてみたところ、学校は「間違ってもいい職場」であり「許し・許される仕事」ではないかと思いました。

 

私のミスにも子どもたちは寛容

それは、子どもたちが私を日々許してくれるからです。

私の仕事は学校司書です。

図書館司書は、本来、そこまで時間に追われる仕事ではありません。特に公共図書館の場合、長蛇の列ができて、とにかくカウンターをさばかなくては、という事態は稀です。

でも、学校は違います。クラスごとで利用に来るので、毎時間30人以上の列ができ、返却・貸出手続きを淡々とさばかなくてはなりません。休み時間も同様です。

さらには相手が子どもなので、一筋縄ではいきません。私が返却や貸出の手続きに追われていても全く気にせず「先生」「先生」と、同時に4、5人から声をかけられます。

「先生」と声をかけてくる子の用事はいろいろです。

「〇〇の本が読みたい」「この人の書いた本はどこにあるか」にはじまり、「鉛筆借ります」「本の予約がしたい」…中には「呼んでみただけ」「先生と話したい」という子もいて、そこは小学生ならではでしょう。

そんな状況をさばく中、時々私は「やっちまった」な間違いやミスをすることがあります。

 

違う子どもの名前で呼んでしまったり、予約本の順番間違いで、子どもが借りたかった本を貸してあげられなくなってしまったり…。

そんなときは、相手が子どもだろうが大人だろうが関係ありません。

ミスはミスなので、すぐに事情を話して謝ります。

すると、ほとんどの子どもたちが、驚くほど寛容に私の謝罪を受け入れてくれるのです。「許さない」「なんで間違えるの」などと、私の間違いを責める子どもはほとんどいません。

 

相手のミスを「許せない」大人は多い

正直、大人だったらこうはいかないな、と思います。相手が大人の場合、謝ってもそう簡単には許してもらえません。

公共図書館に勤めていたとき、数は少ないものの、何度か対人でミスをしました。

些細なすれ違いが多かったのですが、不機嫌な態度で文句を言われたり、クレームを入れられたり、言葉尻を詰められて「館長を呼べ」と言われたりした経験もあります。

でも、子どもたちはそんなことをしないし、言いません。大抵の場合「いいよ!」と、カラリとした態度で許してくれるのです。

寛容な子どもたちと日々接する中で、「学校は許し、許される場所、そういう場所であっていい、いや、あるべきなのかもしれない」と考えるようになりました。

 

子どもを相手にする仕事だからこそ

私だけに限った話ではありません。担任を持つ先生方も、何かミスをしたり、児童と行き違いがあったりしたときには、児童に謝っている姿を見ることがあります。

とはいえ…謝れない大人っていますよね。教員の中にも時々、子どもの手前、プライドが邪魔するのか、自分のミスを認められず、謝れないタイプの人がいます。

そういう大人を子どもは見抜いています。明確に言語化できなくても「なんか嫌な感じ」と、雰囲気で感じ取っているのです。

でも、学校だからこそ、相手が子どもだからこそ、学校で働く大人たちは自分のミスを素直に認めるべきでしょう。

学校で働く以上、大人の態度さえも、子どもへの教育の一環だからです。

子どもが私たち大人を許してくれるのだから、私たちはもっと寛容に子どもを許さなければ、受け入れる気持ちを持たなければと思わされます。

学校は、子どもたちが育つ場所。ミスをチャンスに変えられる場所として、子どもにさまざまな経験を積んでほしいと願う毎日です。

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