ママの「いい子ちゃん」仕草にNO!~ケープ授乳はマナー違反か?問題に思う

フリーライターの小林なつめです。

 

ケープ授乳をしたママのポストが炎上

先日、SNSで「カフェでケープを使って授乳していたら、店員に注意された」という、乳児を持つ母親のポストが、注目を集めました。

そもそも授乳ケープは、子連れの外出時に人目を避けるために使用するもの。本来であれば、ケープを使った授乳であれば、場所は選ばなくていいはずです。

しかし、くだんのポストには、「ケープを使っていたとしても、公共の場所では授乳すべきでない」「他人の授乳姿を見るのは不快」という、批判や非難の意見が殺到しました。

こういう意見は、子育て世帯(主に授乳をするママ)を萎縮・孤立させ、子育てしづらい社会の雰囲気を増長する原因となりえます。

ひいては、子育てそのものを忌避する集団心理を招くのではないでしょうか。

 

当事者のママたちによる批判・非難は「いい子ちゃん」仕草?

また、私が今回の件で一番気になった点が、当事者と同じ立場にあるママたちが、こぞって元ポストをした母親を非難していたことです。

授乳や乳児連れの外出の大変さを一番理解している立場なのに、どうしてでしょう。考えるうち、これは「いい子ちゃん」仕草なのではないかという考えに行き着きました。

「いい子ちゃん」は、周りから批判されることを恐れています。実際にその言動が正しいかどうかは二の次で、常に周囲の空気を読み、同調、迎合することを良しとします。

言動の基準が常に「周囲に認められる(受け入れられる)かどうか」にあるので、他人からどう見られるかを何より気にかけ、多数派の意見を最も尊重し、従うのです。

→この行為により他人からの評価や承認を得ることで、自尊心を維持しようとします。

 

「いい子ちゃん」として育児をするママたちは、日々目まぐるしく移ろう日本の社会規範に合わせ、周りに迷惑をかけない育児をすることに賭けています。

結果として今回の騒動には「いい子ちゃんママ」たちのこんなポストが多く見受けられました。

・こんな母親ばかりじゃないよ!

・私はこんなことしない!

「こんな母親ばかりじゃない」という発言には、「間違った行為をするママに、子育て世代の評判を落とさせたくない」という、強い抵抗や忌避観が感じられます。

「私はしない」という発言には、ケープ授乳をする、あるいは支持するママ層を貶め、自分が守っているルールやマナー(必ずしも「正しい」わけではない)を、他のママにも守らせたいという主張が透けて見えます。

 

ママが「いい子ちゃん」でいるのは危険?

でも「いい子ちゃん」って…いい子仕草をしておとなしくしている、社会的に「扱いやすい人」「従わせやすい人」とも言えるのではないでしょうか。

子育て世帯、母子が圧倒的マイノリティな現代において、自ら弱く、御しやすい存在であることをアピールするのは、危険なのではないかとすら思います。
(乳幼児の人口は総人口に対して3.8%/2025年4月時点)

母子や子育て世帯は、マイノリティだからこそ、自由に子育てする権利を守るために連帯し、時には、正しいことを主張し、世論にあらがう場面も必要なのではないでしょうか。

それなのになぜ、当事者のママ同士が、身内で分断し、対立しているのでしょう。

それは、「正しいことは正しいと言って正々堂々育児をしたい」という層と「いい子ちゃん仕草をしてでも、急場を逃れたい」という層がいて、彼らの方向性が真逆だからです。

 

今やマイノリティの育児世帯。

誰かが味方になり、守ってくれるわけもなく、みんな自分の身を守るのに必死です。ただ、その必死さから生まれる反応が異なっているだけなのでしょう。

 

社会はマイノリティを抑圧する

私たちは、それだけの抑圧を社会が持っていることを、忘れてはいけません。

女性、母子、子育て世帯、障害者、高齢者、LGBTQの人たち…
マイノリティは弱く、社会から排除されるターゲットだといえます。

でも考えてみれば、本来、マイノリティ(弱者)は守られるべき存在なのです。

中でも圧倒的に弱い存在である、乳幼児の母子は、社会全体に受け入れられるべきで、社会から切り離されるべきではありません。

しかし、人は見慣れないものを不快に感じます。
さらには、不快なものは排除したいという思考が働くものです。

でもそこで、弱者であるマイノリティを閉じ込め、社会の隅に追いやっていては、多様性とは正反対の社会になってしまいます。

 

「迷惑をかけない」よりも「受け入れ、譲り合い、頼り合う」社会へ

海外では、屋外での授乳が「母子の権利」として、法律上認められている国が多くあります。

たとえば、アメリカやヨーロッパの国々、中国などでは、今でも公共の場で授乳ケープを使わずに授乳をする光景が珍しくないそうです。

日本でも、子どもが今よりもっと多かった時代(~昭和中・後期)には、人前での授乳も「普通の光景」だったというので、母子の数が減り、肩身が狭くなったことは確実でしょう。

人間である以上「誰にも迷惑をかけずに生きる」のは困難です。それなら「お互いさま」と「受け入れ、譲り合い、頼り合う」ことの方がよほど大事ではないでしょうか。

 

【参考】
■ 調査研究概要(妊婦や乳幼児とその保護者を取り巻く生活実態調査)
■ 統計局ホームページ/統計トピックスNo.145/全国
■ キッズカウ「いい子症候群はなぜ危険?手のかからないいい子ちゃんに注意が必要な理由」
■ おおかみこころのクリニック「いい子症候群のまま大人になるとどうなる?チェックと治し方を紹介」
■ ハラ|子育てとまちづくり on X: “『授乳ケープ論争』を構造的に整理してみます。 現状 表面の対立 授乳ケープを使ってカフェの隅で授乳 → 店員さんに「他のお客様が…」と注意 →『公共の場でやるな』 vs 『ケープ使ってるのに子育てしにくすぎ』 背景の構造問題 https://t.co/Gqmb4HJPRm” / X
■ マリーちゃんのお砂糖ひとさじで「公の場での授乳に対する国際比較と日本の課題

 

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